FC2ブログ

Entries

酒は趣味といえるでしょうか?

私の場合酒は、趣味と言うか生きがいと思っているのですがそれにあたるのでしょうか?今日は出荷が早く終わったので夕飯前の晩酌を軽く飲ってます。新発田の市島酒造王紋本醸造。...

コシヒカリ通販

昔ですと今頃になってもまだ晩生種の稲刈りをやっていました。昔と言うのは今から40~50年前になります。ですから随分と昔です。コンバインや乾燥機などの機械はなく全て手作業でやっていました。農作業は延々と続きました。映画「七人の侍」に収穫期の村の様子が描写されていますが、あのような感じが昭和の20年代まで続いていたのです。...

田んぼは土木工事です

米の生産工場は田んぼ。自動車の生産するところは当然工場です。スーパーマーケットの生鮮品を製造加工するところはバックヤード。当然米を生産するところは田んぼです。この生産現場である田んぼも道路や橋と同じく放っておけば老朽化してきて補修しなければいけなくなってきます。少々の内は農家個人で出来るのですが傷みがひどくなってくるとできなくなります。今のところ国から補助金がでるのでそれに充てるのですが、少ない予...

燕の背脂ラーメン「さとう食堂」

親戚の〆縄屋がシールを作ってくれと依頼に来たので打合せ終了後近くのさとう食堂へ来ました。燕は写真のようにうどんのような極太麺(延び切ったような印象ですね)これには載ってませんが背脂たっぷりのり煮干しだしの醤油ラーメンです。ちなみにここでは平日大盛りサービスでした。ちょっと丼が小さすぎ。値段は650円。...

おかずのいらないコシヒカリ

今年の米価は大幅に下がりました。独自で価格設定している方も含めおおむね米の価格は下がってきています。大雑把に言うと2割の売り上げ減でしょう。行政は規模の拡大を盛んに叫んでいます。「規模を拡大してコストを下げて利益をだす」か「コストをかけて付加価値をつけて利益をだすか」と行く道ははっきり分かれてきました。...

八十里こしぬけ武士の越す峠

河井継之助が越えたという秘境八十里越バスツアーに参加しました。三条市が企画している工事中の八十里越をバスで見に行こうという企画です。これ応募を開始した途端に直ぐに満杯になるんです。FAXで予約をしました。意外や意外。電話とネットの予約がほとんどでFAXというのは少なかったみたいです。一里が十里にも相当するような難所で本当は八里なんだけど八十里に相当する難所と言うわけです。...

田んぼに砂入れ

田んぼをいかに平らにするか。しかも用水側(水の取り入れ口側)と排水側(水を落とす口側)の高低差を5cm以内にする。これは田んぼに水が必要な時に用口から瞬時に田面全体に水を行きわたらせ水が必要ない時に排水口から水を落とす。でもこれがなかなかに難しい。この写真の田んぼは、春先に中の畦を抜いて平らにする作業を国の事業でプロが行ったのですが、これが下手くそで高低差が10cm以上ありしかも平らになっていない...

オコレ研

おかずのいらないコシヒカリを作ってみたい零細農家の研究会を3人で作りました。メンバーは65歳の笹川清通称「サンバサ」、62歳の佐藤春夫通称「ソキチロン」それに不肖62歳の私通称「ブンキチロン」の3人です。画像は左が私右がソキチロンです。サンバサの画像は行方不明(;一_一)昨年までは米はJAに出荷する下請けの零細農家でした。昨年の12月ある米問屋の勉強会に何気なく出席しました。その時の講師が「小祝政明」さんでし...

おかずのいらないコシヒカリ

私は勤め人時代夕食材料の宅配会社に勤務しておりました。そこはグループに弁当会社がありました。弁当と言っても産業給食です。工場や事業所の従業員がお昼に食べる弁当です。グループなので双方に交流がありその仕事も行っていました。弁当の売り上げが落ちて来た会議の席上ボスは言いました。「うまい弁当とは何か」私たちはおかずの充実に腐心をしていました。燕・三条は工場の多いところでガッツリ系つまり揚げものが好まれて...

命の洗濯

先日百姓仲間のT田さんと命の洗濯に行ってきました。三条本寺小路の「もつ焼き たかはし」です。ここは20代前半の頃から通っています。往時の勢いはありませんがそれでも混でいます。私の場合魚系よりも肉系ですね。それも焼き鳥かもつ焼き専門です。高校卒業後就いた職業(正確には農業研修ですが)が養豚だったのです。そこではじめて焼きトン、もつ焼きを食べました。なんてうまいもんがこの世にあるんだろうと思ったのです。...

Appendix

自己紹介

阿部文吉

Author:阿部文吉
百姓はもうやめよう
米作りなんて俺の代で終わりだな。米価は下がる一方だし。セガレは東京で所帯を持ったし、農機具を買う金もないし・・・ついこの間までそう思ってました。でもどうせやめるなら思いっきりやってみようと始めた米作り。従来は農協の言うがままに何の疑問も抱かずにやっていたから満足のいくコシヒカリは出来ませんでした。西に米作りの名人がいると聞けば飛んでいき、東にあの人の米はうまいよと聞けばジッと田んぼを見続けて腕を磨いてきました。当初は失敗の連続でした。そんな米作りを変えたのはスーパーや弁当工場からでる食物残さから作った有機アミノ酸肥料でした。

Webサイト  >>>

おかずのいらないコシヒカリ

当店へのメール(ご注文もOK)

名前:
メール:
件名:
本文:

最新トラックバック

カレンダー

09 | 2014/10 | 11
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR